村下孝蔵さんの遺作【引き算】世界観や歌詞の意味を徹底解説&鑑賞
村下孝蔵さんを昔からご存知の方も、新たに出会った方も、ようこそいらっしゃいました!
当記事では、順番を先取りして(直近の楽曲解説は8thシングルB面「似顔絵」)、村下さんが生前最後にスタジオで歌を入れた楽曲である遺作「引き算」を解説・鑑賞してまいります。
- 参考:村下孝蔵さん楽曲解説特集🎸
-
当サイトは非公式のファンサイトであり、ファンの皆様がご自身なりに楽しめる場を提供することを目的としています。同時に、村下孝蔵さんの全楽曲、とりわけその歌詞の意味や世界観を解説することを主たる目標に掲げています。
(⇒村下孝蔵さん楽曲解説・歌詞解題についての詳しい「考え方」はこちら)
ご興味のある方は、以下の記事もお楽しみいただけるはずと自負しておりますので、お時間のあるときにどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
↓↓↓
村下孝蔵さんの遺作【引き算】世界観や歌詞の意味を徹底解説&鑑賞(解説楽曲例:ロマンスカー、だめですか、いいなずけ、北斗七星、夢からさめたらなど)
もちろん個人的な解釈であり、味わい方ですので、皆様が村下さんの楽曲を鑑賞する際のひとつの参考となれたならば幸いです。
それでは、早速「引き算」の解説に入っていきましょう!
下部に歌詞全文を用意しましたので、適宜ご利用くださいね。
- 🎵 当記事の著者について
-
新しい朝が来るたび
生まれたての風が吹く
いつまでも変わらぬものが
心の奥に
解題
絶対的に静かなリズムを刻むパーカッションから導入する本楽曲。
村下孝蔵さんが生前最後に歌入れをした曲だという事情を知ると、耳を傾ける側もまた気持ちが引き締まるようです。
アコーディオン(風琴)でしょうか、どこか地に足がついていないような、それでいて何より確実なところから響いてくるようなメロディが奏でられます。
かなり奥行きのある仕上がりになっていると思いますが、基本的な場面設定としては、男性が女性を想う気持ちを語っているというものです。
一人で過ごす男性は、この頃ひしひしと感じることがあります。
それは「新しい朝が来るたび」目覚めると、いくら前夜に苦しみを抱えていても、たとえわずかとはいえ癒えていること。
朝の「生まれたての風が」多くの人間たち、動物たち、無数の生きものたちが暮らすこの世界を「吹く」だけでなく、自分の心身の中まで吹き抜けていくことで、自分でも分からない働きで何かが癒されているかのようです。
そのように心地よい風にすすがれてみると、なおさら、かつてともに時間を過ごした女性への想いという「いつまでも変わらぬものが 心の奥に」存在してくれていることを知ります。
男性は自分の内部にあるその想いを抱きしめています。
赤い夕陽に向かって君を思い
きらめく星を見つめて君を思う
夕方、散歩に出た男性は、溶けるほどに燃える「赤い夕陽に向かって」歩きます。
あの女性と一緒に見つめた同じ夕陽が今日も沈んでいき、また明日も反対側から昇って来て、また沈んでいく。
そのあり方を感じつつ、女性を「思い」ながら歩き続けていると、夕陽は完全に落ちて群青色の空に「きらめく星」がたくさん浮かび上がってきました。
星々はいつ生まれ、いつ死ぬのか。それを直接に見届ける者も、確かめる者もいないけれど、確かにこうして星は輝いている。
何も語らず、むしろ男性自身に語らせようとするかのようなその姿を「見つめて」、男性はすでに流れ去ってしまった女性と過ごした時間「を思う」のです。
いつの日か雪のように
溶けて消えるならば
はかなきは生きること
愛しさは生きること
仮に自分も、人間も、あらゆるものが「いつの日か雪のように」一切の跡形もなく「溶けて消えるならば」、二人があのように幸福に過ごした時間は何だったのだろうか。
自分たちだけでなく、この世界で人々が、すべての生命が暮らしているのはどういうわけなのだろうか。
すれ違う人々や、通りすがる街路樹、追い越していく車に、子供たちがまとまって大きな声で笑う声。顔の近くを落ち葉がふと通りすぎ、公園の木から鳥が何羽も飛び立つ姿。
頬に風が触れて、男性はひとつの理解を噛みしめました。
どんなものも必ず崩れていく、その「はかなき」ことこそが我々の「生きること」なのかもしれない。そして、そうであるからこそ何にも代えがたく「愛しさ」をたたえているのもまた「生きること」なのだと。
一つたして増えたあとで
二つ引かれ一つ減り
少しずつやせていくのに
ゼロにならない
おそらく、男性は女性に先立たれたのかもしれません。しかもその出来事からある程度の時間が経過しているとも考えられます。
男性が女性を思い出さない日はないのですが、そうこうしているうちに、男性は上で見たようなところまで理解を深めていきました。
生きることの性質は大変不思議で、例えば女性に対する想いなどはあるとき急激に高まって「一つ足して増えた」りもするのですが、その「あとで」時間の経過などで収まって「二つ引かれ」全体としては「一つ減り」ます。
思い出す時間が減ったり、話題に上る回数も減ったりして「少しずつやせていくのに」、どういうわけかそれが「ゼロにならない」のは確定していることがはっきりと分かるのです。
眠れぬ夜の暑さに君を思い
凍える街の灯りに君を思う
どれほど薄れたように見えても、女性への気持ちは消え去ることがありません。
男性が「眠れぬ夜」を過ごせば、その「暑さに」女性と過ごした夜「を思い」、人々も生きものたちも暖かい場所に身をひそめているような「凍える街」へ出てみれば、そこで淡く輝く「灯りに」女性と同じ場所を歩いたときのこと「を思う」。
もはや男性はどこにも行くべき場所もなければ、行こうとも思わないのかもしれません。
いつの日か雲のように
流れ消えるならば
はかなきは生きること
愛しさはいきること
自分からあえてどこかへ行こうとせずとも、生命の定めとして「いつの日か雲のように」誰の目にも止まらぬほど散り散りに「溶けて消えるならば」、他に何をすることがあるだろうか。
あれほどに女性を愛し、大切にし、ともに過ごした日々があって、それ以上に何を望むだろうか。男性は力が湧いてくるような、同時にすがすがしい諦めの気持ちも生まれてくるような感じがしています。
これほどに美しい「はかなき」ことが「生きること」であって、そのはかなさを内包してこの世界に存在している、すべての生きものへの「愛しさ」を感じることこそが「生きること」なのかもしれない。
したがって、……と男性は考えます。女性との日々も、こうして終わりを迎えたからこそ真に美しく、愛しいものなのだと。
赤い夕陽に向かって君を思い
流れる星を追いかけ君を思う
このことに気付いてから外へ出た日の「赤い夕陽」は、どこか穏やかな、ほっとした様子にさえ見えました。
女性を「思い」続ける気持ちはもちろん変わりませんが、もはや男性も、女性がこの世を去った必然と、自分自身もほかのどの生命も、潜在的に同じ道をたどっているということを落ち着いて理解しています。
陽が落ちたあと、以前より深く暗い、何もかも包み込むような空に「流れる星」を見上げると、男性はとても静かな気持ちになりました。
その流れ星を試みに数歩「追いかけ」てみながら、久しぶりに女性の顔を胸に浮かべて「思う」ことにしてみたのですが、うまく描くことができませんでした。
けれど、男性はこのことも残念だとは感じていません。
いつの日か雪のように
溶けて消えるならば
はかなきは生きること
愛しさはいきること
女性も同じように感じて、旅立っていったのだろうか。
どんなふたりも例外なく「いつの日か雪のように」何も残さず「溶けて消えるならば」、ともに過ごす時間を大切にする以外に何があるのだろう。
男性のまぶたに、女性の笑顔が浮かび戻ってきました。そういえば、似たようなことを女性も言っていたような気がしてきます。
かけがえなく「はかなき」ことは、私たち自身、すべてのものが「生きること」。そうやってみんなが生きていることが、あらゆることの「愛しさ」を伝えてくれる。
男性は優しい確信をもって独りつぶやきます。
はかなきは生きること
聴きどころ
メロディがとてもやわらかく、村下さんの歌唱も楽曲の内容に似合わず(むしろ似合ってでしょうか)広く伸びやかなところがまずポイントでしょうか。
ベース音がしっかりと効かせてあるところも何か本楽曲のテーマとのかかわりを感じます。
間奏のハーモニカがもつれるような音の運びでいかにも切なげであるとともに、文字通りはかなさを上手に表現しています。
ラストの村下さんの歌唱がまた感情を揺さぶりますね。
管理人の感想
……完璧な楽曲でした。ここまでのものとは思っていませんでした。
こういう言い方をすると喜ばしく感じない方もいらっしゃるかもしれませんが、村下さんはきっと無意識のうちに自身の集大成を本楽曲で形作ったのだと思います。
村下さんがさまざまな事物へ向ける視線のあり方が余すところなく注ぎ込まれていて、穏やかな曲調の中に絶対的なものを据えて私たちに寄り添ってくれます。
私たちがどのようなことになろうとも、必ず大丈夫である、と肩を支えてくれるかのような感じもします。
本当にお見事です、村下さん。
皆様も、ぜひご自身なりのとらえ方で「引き算」を味わってみてくださいね☆
引き算【歌詞全文】
新しい朝が来るたび 生まれたての風が吹く いつまでも変わらぬものが 心の奥に 赤い夕陽に向かって君を思い きらめく星を見つめて君を思う いつの日か雪のように 溶けて消えるならば はかなきは生きること 愛しさは生きること 一つたして増えたあとで 二つ引かれ一つ減り 少しずつやせていくのに ゼロにならない 眠れぬ夜の暑さに君を思い 凍える街の灯りに君を思う いつの日か雲のように 流れ消えるならば はかなきは生きること 愛しさはいきること 赤い夕陽に向かって君を思い 流れる星を追いかけ君を思う いつの日か雪のように 溶けて消えるならば はかなきは生きること 愛しさはいきること はかなきは生きること
(作詞・作曲:村下孝蔵 編曲:水谷公生ー1999年9月8日)
関連記事ーその他村下さん楽曲解説・シティポップ等
ここまでお読みくださってありがとうございました!
村下孝蔵さんには他にも素敵な楽曲がたくさんあります。
当サイトでこれまで取り上げた楽曲を改めて掲げておきますので、お時間のあるときにぜひ遊びにいらしてくださいね
- 「隠れた名曲」ランキング
代表曲ほどには知られていませんが傑作と呼ぶにふさわしい「だめですか」、「ロマンスカー」、「珊瑚礁」、「りんごでもいっしょに」など、村下さんと出会った方なら必聴の名曲を多数解説しています! - 自分の心をどこまでも見つめる美しさと切なさと尊さ「初恋」
- 純粋だからこそ難解!「踊り子」を完全解説
- 「めぞん一刻」主題歌「陽だまり」に見るかけがえのない愛
- 真実の愛に無垢な「少女」の世界観に酔う