村下孝蔵さんの3rdシングル【帰郷】歌詞の意味と世界観を完全解説・鑑賞!
村下孝蔵さんを昔からご存知の方も、新たに出会った方も、ようこそいらっしゃいました!
当記事では、セカンドシングル「春雨」および「歌人」に引き続き、3rdシングル「帰郷」を解説・鑑賞してまいります。
「帰郷」は村下孝蔵さんのデビュー2年目、1981年6月21日に発売されました。村下さん28歳のときの楽曲です。
シングルとしてはやや影の薄い作品かなと感じていますが、皆様はどんなイメージをお持ちですか??
- 参考:村下孝蔵さん楽曲解説特集🎸
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(⇒村下孝蔵さん楽曲解説・歌詞解題についての詳しい「考え方」はこちら)
ご興味のある方は、以下の記事もお楽しみいただけるはずと自負しておりますので、お時間のあるときにどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
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村下孝蔵さんの3rdシングル【帰郷】歌詞の意味と世界観を完全解説・鑑賞!(解説楽曲例:ロマンスカー、だめですか、いいなずけ、北斗七星、夢からさめたらなど)
ここでお伝えするのはもちろん個人的な解釈であり、味わい方ですので、皆様が村下さんの楽曲を鑑賞する際のひとつの参考となれたならば幸いです。
それでは、早速「帰郷」の解説に入っていきましょう!
下部に歌詞全文を用意しましたので、適宜ご利用くださいね。
- 🎵 当記事の著者について
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<本来でしたらこの部分に楽曲の動画を載せるのですが、今回は適切なものが見つかりませんでした。ぜひお手元のCDや音楽サービス(当サイト内特集記事へ飛びます)で「帰郷」をお聴きになりながらお楽しみください>
哀しい時はひとつずつ
やり直すこと数え
傷つけた私の言葉
浮かべては消して
解題
いかにも昔ながら……あるいは郷愁を誘うようなイントロで始まる本楽曲。
冒頭のパーカッションに「そこら辺の木の板」が使われているのではないかともツッコミたくなってしまいます(笑)
基本的な場面設定としては、女性がかつてお付き合いしていた男性のことを思い浮かべて回想しつつ、想いを吐露しているというものでしょう。
どこか投げやりだった過去を振り返る女性
現在お付き合いしている相手がいるのかは分かりませんが、本楽曲に出てくる男性とお別れした女性は、たびたびやるせない気持ちになることがあります。
そんな「哀しい時は」、あの頃一緒に過ごした男性のことを思い出して、自分の振る舞いにおける「やり直す」べきだったことを「ひとつずつ数え」ます。
軽率だったばかりに男性を「傷つけた」自分の言葉も思い「浮かべては消して」、人ばかりがたくさんいるのに身近に触れ合える人のいない街で過ごしています。
ふと道ですれ違う靴音は、男女のものが二つ重なりあっていました。女性はそんなカップルを見ると、自分のしたことを激しく後悔してしまいます。
あの時はまだ人生を
決めることが恐くて
ひとり歩きがしたかった
自分を笑って
男性は女性にプロポーズをしたのでしょう。
けれど、女性は男性の気持ちが本気であることを分かっていながら、軽い気持ちで断ってしまいました。
だって「あの時はまだ人生を決めるのが怖」かったですし、自分で「ひとり歩きがしたかった」のです。
タイトルから考えても、女性はふるさとを離れ別の地に出たのでしょう。
そんな風に自分自身で生活も住む環境切り開いて、女性は自分自身に誇りを持っていたのかもしれません。
他方で、自分のような人間がどこへ向かうのか、どうやって生きていくべきなのか、女性は心の底では分かりませんでした。
だから「自分を笑って」、投げやりとは言わないまでも、周囲のことや自分自身のことも忘れて生きたかったのですね。
そのような女性の様子、性質を感じ取っていたのか、男性はきっと真摯に気持ちを伝えたのでしょう。
都会の寂しさと、彼との思い出と
転びそうになったら
手を差し伸べて下さい
もう一度この都会で逢えたら
貴方の胸に飛び込みたいけれど
いまも女性は自分を笑うように、強がるように、心の奥では拠り所を求めて涙しながら暮らしています。
ですので、ひとりで踊るようなこの生活で「転びそうになったら 手を差し伸べて下さい」と男性に呼びかけてみます。
可能性はほとんどないのですが、もし「もう一度この都会で逢えたら 貴方の胸に飛び込みたいけれど」……。
今夜も女性はひとり床に就くしかありません。
寂しい時は 懐かしい
子供の頃の唄と
祭り囃子の遠い音が そっと甦る
何も理由がないのにふと「寂しい時は」、ふるさとの「懐かしい 子供の頃の唄」が耳の中で聞こえてきます。
その唄に連れられて「祭囃子の遠い音が そっと甦」ってきます。
対照的に、都会で直接耳に入ってくるのは、けたたましい車の音や、人間同士が言い争う声、無数の活動がおこなわれ、その功罪が区別なく垂れ流されるいわく言い難い音ばかりでした。
よく表現されることですけれど、女性は多くの人やもの、事柄、出来事に囲まれて、孤独を強く感じていたことでしょう。
ただ、あれほどに愛し合った(と女性が感じていた)男性と出逢ったのも、この都会だったのです。
見上げれば今黄昏に
渡り鳥は南へ
翳りゆく遥か家路へ
群れなし飛び立つ
建物や風景はみるみる新しいものへ変わっていくのに、全然変化のない毎日を送りながら、女性はひとりアパートへ戻ります。
ふと「見上げれば」、空だけはふるさとと同じように優しく暗く「黄昏に」移っていきます。
「渡り鳥は南へ」黒く「翳りゆく遥か」な「家路へ」と、「群れなし飛び立」ちます。
女性が帰るところはどこなのでしょうか?
ふるさとを飛び出してきたけれども、やはりあの鳥たちのように、必ず帰るべき場所へ帰るのだろうか?
ひとり歩きは男性との二人の旅路になるはずだったのに、どこでその道から逸れてしまったのだろうか……?
帰郷を決意する女性
明日の朝になったら
故郷に帰ります
もう二度と戻らないと書いた
駅の伝言板白い文字を残して
黄昏に渡り鳥を見送ったしばらく後で、女性は都会での最後の夜を住み慣れたアパートで過ごしていました。
男性が訪れたこともある、このままずっと幸せな時間が続くと思わせてくれた、この部屋。
けれど「明日の朝になったら 故郷に帰ります」。
故郷を飛び出すとき、女性は「もう二度と戻らない」と「駅の伝言板に白い文字を残して」きていたのでした。
しかし、これほどの哀しさと寂しさを抱いたままでは、都会で生きていくことなどできませんでした。
まして、もう二度と男性と会うことができないと理解しているのですから。
次の朝、女性は誰にも語ることのできない気持ちを胸にしまって、ふるさとへ旅立ちます。
松山行きフェリーなどとも通じるところがありそうな、男性と女性いずれかの心のありかのズレに基づく哀しい結末を描いた名曲です。
聴きどころ
総じて村下さんの高音を楽しめるところがまず大きいですね。
村下さんはもともとの声が広くオペラ歌手さんのような声質なので、さほど高く聞こえなくてもかなり高音であることが多々あります。
本楽曲は女性目線であることもあり、やや高音の設定なのかもしれません。
冒頭で昔っぽいような田舎っぽいような、ということを書きましたが、よく聴いてみると女性の心の中を描くうえでとても有効な音色(おんしょく)なのだなぁと理解しました。
この類の楽曲に触れたことのない方にとっては、ものすごく「里」感を感じることができそうです(笑)
管理人の感想
白状すると、本楽曲の解題ができるのか少し心配していました。
というのも村下さんの楽曲の中でもあまり聴いた回数が多くなく、それほど好きな曲でもないからです(笑)
でも今回じっくりと聴き込んでみて、こんなに良い曲だったのか! と勝手に驚きました。
もちろんメロディとか歌の調子とかは好みの問題な部分はあるのですが、ここまで聴いて味わうことができる曲だというのを発見できてうれしいです。
村下さんも音楽の道を志すうえで、不退転の覚悟で臨んだということですから、本楽曲には思い入れがあった可能性もありますね。
ぜひ、皆様もご自身なりの「帰郷」を楽しんでくださいませ☆
帰郷【歌詞全文】
哀しい時はひとつずつ やり直すこと数え 傷つけた私の言葉 浮かべては消して あの時はまだ人生を 決めることが恐くて ひとり歩きがしたかった 自分を笑って 転びそうになったら 手を差し伸べて下さい もう一度この都会で逢えたら 貴方の胸に飛び込みたいけれど 寂しい時は 懐かしい 子供の頃の唄と 祭り囃子の遠い音が そっと甦る 見上げれば今黄昏に 渡り鳥は南へ 翳りゆく遥か家路へ 群れなし飛び立つ 明日の朝になったら 故郷に帰ります もう二度と戻らないと書いた 駅の伝言板白い文字を残して
(作詞・作曲:村下孝蔵 編曲:水谷公生ー1981年6月21日)
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